小説「秘密」で描かれた夫婦の悲哀
小説「秘密」の設定は、当時はどうだか分りませんが、現在ではごくありふれた設定です。ある人物の肉体に別人の魂が宿るという話は、いろいろな小説やドラマなどで見かけることでしょう。ありふれた設定をどのように収束させるのか?きっとそこが作家の力量ということになるのでしょう。
途中の伏線の張り方は、「さすが東野圭吾!」と、うなるところがあるものの、展開はある程度予想ができるものでした。最後の10ページを除いては・・・です。
結末が残酷すぎるという読者の声が多いようですが、僕は、この最後の10ページがこの小説の価値を数段上げたと思っています。
さて、この「秘密」の設定は、あらすじ調に書くと、以下のような設定になっています。
『自動車部品メーカーの生産工場で働く杉田平介の妻・直子と小学校5年生の娘・藻奈美を乗せたバスが崖から転落した。妻の直子は亡くなってしまったが、娘の藻奈美は一命を取り留めていた。娘が助かったのは、妻が自らを犠牲にして娘を庇ったからだ。妻の葬儀の夜、娘は意識を取り戻す。しかし、その娘の体に宿っていたのは亡くなったはずの妻・直子であった。その日から娘の体を持つ妻との世間には“秘密”の生活が始まる』
この二人の“秘密”の生活で一番問題になるのは、娘の体を持った妻とどう夫婦関係を保つのか?ということである。実際、この二人が夜の営みを試そうとしている場面が描かれています。この辺の描写を「あり得ない」とか「気持ち悪い」と感じた読者の方も多いようです。
でも、「人の体に別人の心が宿る」という、このあり得ない設定を抜きにして考えると、愛し合う男女間でこの問題は避けることのできない問題だと僕には十分に理解できます。
結局、夫は娘の体を持つ妻を抱くことができません。どちらかというと、妻にはそれほど抵抗がなかったのかのようにも描かれています。夜の営みをいいだしたのは妻の直子の方ですから。夫の愛を失いたくないという想いがそうさせたのかもしれません。
この二人の抵抗感の違いは、同じ秘密を共有しながらも、二人の立場の決定的な違いを考えれば妙に納得します。それは、夫・平介が見たり触れたりする妻の体は自分の娘の体に変わってしまったのに対して、妻・直子が見たり触れたりする夫の体は今までと何ら変わることがないからです。そして、直子の抵抗は薄かったものの、娘の体を抱くことは決して出来ないというそんな夫の心情を理解したことでしょう。
しかし、二人の夫婦としての関係は少しづつ崩れていきます。
この救いようのない生活で二人の関係がギクシャクしていくなか、やがて平介はある決断をします。その決断には、二人の“秘密”の生活の発端となった事故の加害者の遺族が大きく影響を与えることとなります。この辺の伏線は本当に見事です。
この平介の決断から、この物語の切なさがさらに加速します。ここからがこの小説の本当の見どころとなることでしょう。
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あと、私は見ていないのですが、この小説は2回もドラマ化され、人気の高さがうかがえますね!
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